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『ジャーナリスト』08年11月号から、裁判員制度に関する記事を転載します。
重要な話なので、紙面では見出しを6つもつけました。 事件報道を聖域化してきたメディア 裁判員制度は壁に穴をあけるチャンス (横見出し) 「市民の司法参加」の目的に添い 取材報道スタイルも変革を 守秘義務絶対視は正当な取材損う 情報制限・管理強化の恐れ 山田健太 11月4日の在京紙各紙の小室哲哉逮捕を伝える紙面は、事件報道の変化を象徴的に示すものであった。逮捕前打ち記事の見出しで、毎日と朝日は「小室哲哉氏」と表記、読売と産経は「(音楽)プロデューサー」とした。こうした変化の根底には、一連の裁判員制度対応の各社の取り組みがあると見られる。 すでに読売は08年3月に「事件・事故取材報道指針」を、朝日は六月に「裁判員裁判と事件報道」を策定済みであるし、共同も9月「事件報道のガイドライン」「記事・見出し表現見直し」をまとめた。これらは一様に、情報の出所の明示や発表報道・供述報道に関し、読者をミスリードしないための細かなルールを定めている。 こうした改善は確かに、裁判員法の実施三3年後見直しを睨んだ場合、予断報道禁止条項の復活を許さないためにも、弁護側の記事差し止め訴訟を回避するためにも、そして厳しいメディア批判の緩衝材としても有効であると考える。しかし本当に現行の事件報道が必要なのか、にまで立ち返った見直しがいま求められているのではないだろうか。 取材スタイルの再検討を これまで日本のメディアは新聞・通信・放送・出版ともに、事件報道をいわば「聖域」化してきた。事件発生・逮捕・起訴段階をピークにし、警察・検察情報に依拠し、有罪率99%に依存した「犯人視」報道を当然視してこなかったか。書き方の問題を超えて、捜査段階における警察情報の特ダネ競争から脱却し、むしろ公判前整理手続きや裁判報道に重きを置く取材・報道体制への転換を期待したい。 さらには市民から権力との一体化と見られがちな警察・検察への常駐を原則とする記者クラブ取材方式や、夜討ち朝駆けによる情報収集スタイルも十分に検討の余地があるのではなかろうか。報道界の抜本的な取材・報道スタイルの変革は、結果として市民社会における無罪推定原則の意識形成にも役立つだろうし、新聞・放送社においては内部的には記者の有効配置の観点からも求められているだろう。 こうした報道界側の問題以上に、裁判員制度を機に変革が求められているのが司法の体制そのものである。なぜなら、行政・立法情報に比べ、司法情報へのアクセスのみが殊更に制限されている実態があるからだ。前二者は少なくとも「国民主権」が実効的に実現してきているものの、司法の世界では市民はあくまでも裁かれる側であり傍観者に過ぎなかった現実がある。しかもその情報は、法曹界の中だけで流通する特別なものであり続けてきた。 「サービス」ではなく権利 もちろん、法廷の傍聴はできるしメモも採れるようになった。選ばれた報道機関は優先的に傍聴ができ、開廷前のカメラ撮影も可能だし判決文ももらえる。しかしそれらはすべて、裁判所の行政サービスの一環に過ぎず、何一つ「権利」として認められたものは存在しない。確定した判決文でさえも、プライバシー侵害を理由に謄写はおろか閲覧さえ認められてこなかった。まさに司法は「聖域」だったのである。 本来、裁判員制度は市民の司法参加というスローガンに代表されるように、こうした閉鎖的な司法の場を開くことが目的であるはずである。しかし実際は、最高裁と報道界で継続されている話し合いでも、こうした根本的な司法情報アクセスの一方的な制限については議論されないばかりか、むしろ法廷秩序権や庁舎管理権の強化につながりかねない状況が垣間見える。頑強な司法の壁に穴をあける千載一遇のチャンスをみすみす逃すことがあってはならない。 さらに、自衛隊法改正に代表される法制度や、先日起きた読売新聞への情報提供を理由とした懲戒免職処分にみられる運用における守秘義務強化の流れのなかで、裁判員法の運用がなされる危険性も考えざるを得ない。裁判員の守秘義務を絶対視し、「正当な取材活動」は認められないということにすらなりかねない状況があるからだ。 この裁判員制度の実施を前に、報道界と司法界のそれぞれの「聖域」にどこまで切り込めるかが、いま問われているのではないかと思う。 (専修大学・言論法)
by ywatari4
| 2008-12-04 15:13
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