JCJ機関紙『ジャーナリスト』08年11月号から。
覚悟して、しなやかに追悼すること
金平茂紀(ジャーナリスト)
筑紫哲也氏が11月7日、他界した。ガンとの壮絶な戦いの末の死だった。閉塞状況にある日本のジャーナリズムにとって、信頼するに足る大きな羅針盤を失ってしまった「欠如」は埋めようがない。筑紫さんの思い出を語る多くの追悼文が多くの人によって書かれるだろう。僕は、個人的にも身近で長年仕事をともにしてきたので、想いは痛切なものがある。
だが、この日本ジャーナリスト会議の会報に追悼文を寄せる意味を考えると、「欠如」の取り返しのなさをいくら書き連ねても、それは故人の遺志に沿うことにはならないだろうと思う。追悼という作業によって、筑紫さんが連ねてきた営為を過去完了形にしてはならない。その営為を現在進行形にする覚悟を共有することこそが重要なのだ。なぜならば、ジャーナリズムの仕事は、歴史のなかで伝え続けていかなければならないものをしっかりと保持しリレーしていくこと――「継承」にこそ、その本質があると思うからだ。
最後の放送となった2008年3月28日の「多事争論」で、筑紫さんは、『変わらぬもの』というタイトルで、権力への監視役(ウォッチ・ドッグ)、少数派であることを恐れぬこと、自由を護っていくこと、をジャーナリズムの変わらぬ責務として挙げていた。なぜか? それは現状がそうなっていないからだ。
今、僕ら報道機関は総じて、権力を監視する機能が弱っている。それどころか、権力に寄り添い、果ては一体化し、ウォッチドッグどころかペットと化しているところがないか? あれらの権力者(機関)の周囲をみよ。あれらに群がる僕らの仲間をみよ。少数派になることにビクつき、多数派につき従い、弱者・異端を排除していないか? 老人や弱者を顧慮しない市場原理に、紙面内容や番組づくりが従っていないか?
青臭いことを承知で敢えて記せば、覚悟することである。それが本当の追悼ということ。こういうふうに書くと、おそらく生前の筑紫さんなら、笑顔でこう言うだろう。「わかったよ。だけど、しなやかにやれよな」と。合掌。