機関紙ジャーナリスト09年2月号かた「遭難」フリーター監督、岩淵弘樹さんのインタビューの前半を収録します。
みんなが「遭難」している時代
本当の自分を見せたかった
派遣社員が自らの日常を撮影した映画として話題になった「遭難フリーター」。「生きづらい青春を不器用に走ろうとする一人の若者の姿を生々しく描き出す、東京を彷徨いながら綴られた遭難デイズ。それは、いま、一番リアルな青春映画だ」(解説より)。3月下旬の渋谷・ユーロスペースでの一般公開を控え、都内で派遣社員として働いている監督・主演の岩淵弘樹さんに、お話をうかがった。(インタビュー 吉田悦子)
―作品を拝見して、社会問題を扱うというより、あくまでワタクシのストーリー、一人称の視点から社会を切り取った映画だと思いました。「遭難」というタイトルも新鮮でした。
岩淵 タイトルは、プロデューサーの土屋豊さん、アドバイザーの雨宮処凛さんと3人で相談して決めました。自分の場合、今の状況に、いつのまにか迷い込んじゃっている、どっちに進めばいいのかわからないという面で、まさに「遭難」だと思います。逆に「遭難」してない人っているの?ある意味、フリーターじゃなくてもみんな「遭難」してるんじゃないか、ということですね。
―仙台出身の岩淵さんは、山形の大学の映像学科に進み、地元の出版社に就職が決まっていたけれども、単位が足らずに留年になって内定を取り消され、派遣労働者となったわけですね。
岩淵 その後、フリーターをやりながら大学を出て、なんとしても憧れの花の都・大東京に行きたかった(笑)。お金がなかったので、手っ取り早く働くため、派遣会社に登録して、平日は寮と工場を往復し、週末は東京に出て日雇い派遣で働きました。自分の姿を撮り始めて作品として完成させたのが2007年です。大学でセルフドキュメンタリーを撮っていた頃から、土屋さんと雨宮さんは知り合いなんですけど、「派遣社員が、自分の日常をカメラで撮ったら面白いんじゃない?」といわれて撮り始めました。土屋さんや雨宮さんは、とても自覚的に行動している方たちですけど、僕は、こういう作品に仕上げようという明確な意図や計画もなく、無自覚に撮り続けました。自分を撮ることで今できることを表現したいという感じです。ラストシーンに朝日が上るところを撮れたら、未来に向けてのカタルシスというか、絵的によかったかなと、あとから思いました(笑)。