機関紙「ジャーナリスト」09年12月号から転載します。
疑念残る「司馬史観」
NHKドラマ『坂の上の雲』を見る
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」が始ま った。司馬遼太郎原作のこの歴史小説は、彼の歴史観を巡ってドラマの制作前から論争が絶えなかったものだ。今年度の第1部は先月29日の第1回『少年の国』から、今月末の第5回『留学生』まで、毎日曜夜の放送になる。ここでは2回目の『青雲』までしか触れることはできないが、ドラマが投げかけるものはなにか観てみたい。
「まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている」という出だしで、明治維新前夜の四国松山に生れた3人の士族の子どもたちを主人公に、彼らの成長の道筋が展開する。ドラマの各所に、字幕や当時の資料映像などを使って司馬氏独特の明治の時代観、国家観を挟み込む構成だ。本木雅弘、阿部寛、香川照之といった人気俳優の熱演に加え、明治期の日本の風景と日本人の気質などを巧みに組み合わせる演出も効果的で、視聴率は初回17.7%,2回目19.6%とまずまずの滑り出しといえよう。しかし、ドラマ化に当たって脚色を加味したとしても、司馬氏の歴史観についてのいくつかの疑念は消えない。
冒頭のナレーションで、「まことに小さな国」と、暗に初々しさを強調した日本が、実は維新のわずか9年後には、江華島事件を口実に朝鮮に対して不平等条約である日朝修好条規を一方的に結ばせた史実には、原作もドラマも触れない。幕末、西欧列強に開国と不平等条約締結を強いられた日本が、明治になるや否や隣国朝鮮に対しては「小さな国」どころか、西洋を真似た砲艦外交まで押し付ける国になっていたのにである。
治外法権についても、初回のドラマで、横浜での英国商人の傍若無人さを表すエピソードとして新たに挿入し、その不当性を強調したが、その後の朝鮮民衆や清国に対する日本の高圧的な姿勢を考えると違和感がある。
ドラマは第3回以降、朝鮮での支配権を巡る日清・日露戦争の段階に入るが、後の日露戦争に比べて司馬氏の日清戦争の扱いが軽いという批判もある。
日本が戦争に突き進む姿をドラマがどのような視点で示すのか、注意深く見てゆきたいものである。 水上一郎