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JCJ機関紙「ジャーナリスト」09年11月号からリレー時評を転載します。
司馬遼太郎の「軍国日本」批判 柴田鉄治(JCJ代表委員) NHKが来年から放映する大型時代劇、『坂の上の雲』が論議を呼んでいる。日本で最もよく読まれている小説の初の映像化という点で期待が高まっている半面、原作者の司馬遼太郎氏が生前、「国威発揚や戦意の高揚などに利用される恐れ」を理由に、映画化・テレビ映像化を断ってきた経緯があって、危惧する声も少なくないからだ。 司馬遼太郎氏の作品ほど、全編、魅力的な人物が躍動感にあふれて活躍する小説も珍しい。なかでも『坂の上の雲』は、その代表的な作品であり、しかも、明治維新を経て近代国家に生まれ変わったばかりの小国、日本が、大国ロシアと戦って奇跡的な勝利を収めた日露戦争を描いた小説である。 明治時代にはこんなにも優れた日本人が大勢いたのだ、とあらためて感じさせてくれる小説で、そこが人気のもとでもあり、同時に、司馬氏が映像化を危惧した理由でもあったのだろう。 さきの戦争について、日本国民の間には、いまだに二つの対立した見方が存在する。一つは「中国をはじめアジア諸国に多大な悲劇をもたらした深く反省すべきもの」という考え方と、もう一つは「そんなに自虐的に見る必要はない」という考え方である。 そして、司馬氏の作品は、「自虐的に見るな」という人たちの間でとくに好まれ、「司馬遼太郎史観の素晴らしさ」という形で絶賛されてきたように思われる。 しかし、司馬遼太郎史観とは本当にそういうものなのか。私は、むしろその逆なのではないかと考えている。 私がまだ現役だったころ、司馬氏は『週刊朝日』に「街道を行く」という連載記事を書いており、司馬氏の座談好きもあって、ほとんど毎週のように司馬氏を囲んで話を聴いていた。そのときの話や司馬氏が随筆「この国のかたち」に書いていることなどを総合すると、司馬史観の原点は、間違いなく日本の敗戦時にあるようだ。 戦争末期、戦車隊員だった司馬氏は、旧満州から連隊ぐるみ移動し、栃木県佐野で終戦の日を迎えた。23歳だった。終戦の放送を聞いたあと「なんとおろかな国にうまれたことか」と思った。「むかしは、そうではなかったのではないか」「いくら考えても、昭和の軍人たちのように、国家そのものを賭けものにして賭場にほうりこむようなことをやったひとびとがいたようにはおもえなかった」という。それ以降、小説は「23歳の自分への手紙を書き送るようにして書いた」というのである。 なるほど、そういう眼で見ると、「むかしは、おろかな国ではなかった」「立派な日本人がいた」という時代小説が多いことに気づく。昭和の軍人についての小説がないのは「その人物に惚れ込まないと小説は書けない」といっており、それは随筆のほうに譲ったのだろう。司馬氏は随筆の中で、日露戦争の勝利から太平洋戦争の敗戦までの40年間は、「日本であって日本でない、非連続な異常な時代」と激しく批判しているのだ。 NHKが『坂の上の雲』をどういう番組に仕上げるのか、注目する必要はあるが、この司馬遼太郎史観の原点だけは忘れないようにしてもらいたいものである。
by ywatari4
| 2010-01-12 11:24
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