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機関紙「ジャーナリスト」2010年9月号から、リレー時評を転載します。
この目でみた北朝鮮の市民生活 隅井孝雄(JCJ代表委員) 夏休みを利用して8月上旬平壌(ピョンヤン)など北朝鮮各地を駆け足で訪れた。 北朝鮮をめぐる動向は今後の世界情勢の中でかなり重要な位置を占めるのではないかと思い、その前に体感しておきたいと思ったからだ。北京から列車で鴨緑江(ヤールーチアン)を渡り、西北部の穀倉地帯を南下して平壌に入った。金正日が北京に行く時通る路線だが、せめて汽車の窓からでも農村の風景を垣間見ることができる、という思惑もあった。 帰国した早々、私が通過した列車の沿線が洪水に見舞われたことを知った。8月24日にはアメリカのカーター元大統領が捕虜交換でピョンヤンに行き、26日金正日総書記が吉林で胡錦涛と会談した。さらに9月4日には北側から「コメと復旧資材を提供してほしい」という申し入れが韓国に対して行われた。ソウルからの報道によると韓国政府も関係改善を模索しているため、災害支援は渡りに船だという。後継者が取りざたされる44年ぶりの労働党代表者会の開催も間もない。 私が見た限り、農村地帯は一面イネとトウモロコシだが、品種改良がされていない。日本でいえば60年前の収穫量だろう。人々は大きな荷物を肩に5キロ、10キロ砂ぼこりの道をてくてく歩くか、自転車の荷台に麻袋をいくつもくくりつけて走る。おそらく物々交換か、闇市に売りに行くという暮らしだろう。あぜ道にはヤギが草を食み、水田のため池にはアヒルが泳いでいるが、それらは貴重な食料源だと見た。 アリラン祭も見に行ったが、中国との友好が目立って強調されていた。私が出会った人々は韓国との交流の再開を心から願っているように思えた。解放65年で日本植民地支配の話はよく出たが、一般市民の間で日本を悪しざまにいう雰囲気はない。 2012年は金日成生誕100年、大々的なスローガンが町のあちらこちらに張り巡らされている。北朝鮮はそれまでに懸案を解決し、国際社会に復帰することを望んでいると私は思って。だとすれば、今年から来年にかけて大きな変化が起きる。 拉致や核開発の問題が解決され、もし日本や韓国が援助するということになれば、農業支援、治水、灌漑、植林、鉄道や電力の整備、鉱山開発などできることは多い。そうなれば北朝鮮の農民、市民の生活は飛躍的に改善される。 高松塚古墳の源流になる高句麗古墳群も見に行ったが古代から続いた東アジア文化圏のスケールを実感できた。朝鮮半島の情勢が大きく変化すれば、日本を含む東アジア一帯が再び国際的脚光を浴びることも可能ではないか。そういう思いを強くした。
by ywatari4
| 2010-09-29 11:40
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