JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年12月号から転載します。
「市民不在」の放送法改正
岩崎 貞明(『放送レポート』編集長)
2010年の臨時国会で放送法改正案が可決・成立した。「60年ぶりの大改正」ということだが、その内容は「中途半端な構造改革」「得をしたのは官僚だけ」と言わざるを得ないシロモノだ。
今回の改正では「放送」の定義を「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信」と改めたが、これではインターネットが放送に含まれないのかどうか、明確でない。国会審議では「インターネットは放送に含まれない」と繰り返し答弁されているが、将来的な拡大解釈の危険性は残されている。
もし個人で運営しているブログなども「放送」ということになると、放送法の規定によって事業者として届け出て「認定」を受けなければならず、問題があった場合に総務大臣による業務停止命令の対象になるなどの規制を受けることになる。そもそもハード・ソフト分離規律により、ソフト事業者を政府が「認定」するという制度のあり方自体が、放送における表現の自由への侵害と言える。もっとも従来どおりハード・ソフト一致の運用も可としているから、「構造改革」としては中途半端な妥協の産物だ。
本来、政府の放送への直接介入を避けるために諸外国では独立規制機関による放送行政が通例となっているが、なぜか日本ではこの議論がまともに取り上げられない。政権獲得前の民主党「INDEX2009」に記載されていた「日本版FCCの創設」は、まさにこの独立規制機関を構想するものだったが、今回の改正には影も形もない。この点については民主党に説明を求めたいところだ。
全体として今回の改正は、放送への行政権限の拡大が至る所で図られた上、非常に複雑で難解な法律となり、官僚の解釈が自由にまかり通る恐れが強い。また、与えられた電波を放送にも通信にも利用できる「電波利用の柔軟化」がうたわれているが、これは大きな周波数帯を占めているマスメディアの営業の自由には奉仕しても、市民の表現の自由は蚊帳の外だ。
最後に、法案の修正協議は非公開の与野党折衝で行われ、公開の審議は衆院・参院一日ずつ。このようなやり方は国民を愚弄するものだと厳しく指摘しておきたい。