1952年4月28日当時の「沖縄タイムス」の紙面が、ネット上に掲載されていることを教えてもらいました。
興味深いものです。
1面トップの記事の、「 占領政策の移り変りを懸念しながらも、政治、経済、社会の各方面のわたつて封建的な態度を投げ捨て一歩一歩と民主々義革命を遂行して近代国家の基礎を確立した この間に成し遂げた改革は三権分立、戦争放棄、天皇象徴化の日本国憲法制定を中心に農地の開放、財閥解体、地方自治、国家神道の廃止、大権の確立、戦争責任者の処罰と追放、婦人参政権、言論、出版、結社の自由等があった」との記述に、戦後の民主国家建設への希望が感じられます。
もう一つ、紙面全体を見て思ったことは、沖縄タイムスの視野の広さです。トップの記事を左横の記事は、「アメリカの排日移民法撤廃」。その横には「英人の対日関心薄し」という記事が並んでいます。日華交渉やドイツでの四大国会議についても報道されています。これらの記事は、【二十八日東京共同】と記されるアタマの記事も含め、共同通信の配信なのでしょうが、その掲載の判断は沖縄タイムスだと思います。移民法への関心は、沖縄からの移民が多かったからかもしれません。
さらに興味深かったのは、大弦小弦というコラム。
「内外に亘って、いろいろ困難な問題が前途に横っているとは言え、八千万同報の喜びは以下ばかりであろう。それを思うにつけ、この日、、琉球・小笠原の同報が、北緯廿九度という「運命の線」に阻まれて、喜びを分ち会えないとは、ひとしお独り取り残される身に、寂りようと心細さが湧いてくる」
とあります。
紙面全体を見ることでその時代を感じることができました。