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事件じたいは旧聞になったかもしれません。長崎市長狙撃事件についての大谷昭宏さんの論考。「ジャーナリスト」07年5月号・リレー時評です。
暴力許さぬ社会 醸成してきたか 大谷昭宏 (ジャーナリスト) 4月8日の統一地方選挙の直前、遊説先から事務所に戻った長崎市長選候補の伊藤一長・前長崎市長が凶弾に倒れ、亡くなった。一報を聞いて、1991年、天皇の戦争責任発言をめぐって銃撃され、重傷を負った本島等・元市長のことを思い浮かべたのは、私だけではなかっただろう。 ただ、あちこち電話で情報を取っているうちに犯人は地元の暴力団組員で、本島元市長のときと違ってどうやら思想的背景がないことがその日のうちにわかってきた。さらに、後にこれは犯人が別の人物に代筆させたことが判明するのだが、伊藤前市島や、長崎市、長崎県への恨み事を綴った封書がテレビ朝日に届いていたこともわかった。私はテレビ朝日のニュース番組のコメンテーターをしていることもあって、その全文を読んだが、いわゆる行政対象暴力のひとつで、思想テロのような背景はないことが明らかになってきた。 選挙は急遽、立候補した前市長の娘婿が落選、これまた届け出締切直前に出馬を決意したという市職員が当選して決着、それとともに報道されることもグンと少なくなってきた。 だが、こんな流れでいいのだろうか。事件をめぐってはテレビだけでなく、新聞や通信社からもコメントを求められたが、折りしもその1カ月後の5月3日は、朝日新聞阪神支局襲撃事件から20年、そのことに気づいてくれて私のコメントにも反映させたのは、当の朝日新聞だけだった。 たとえ行政対象暴力だったにせよ、選挙というのは候補者が政策や己が主張することを訴える、最も重要な言論の場である。言うまでもなく、民主主義を支える根幹はこの選挙の自由と、報道の自由にある。今回の事件はその民主主義の根幹に銃弾が撃ち込まれたということなのだ。 要は朝日新聞阪神支局事件から20年、対言論暴力であれ、対行政暴力であれ、私たちが心底、暴力を憎み、許さない社会を醸成してきたのか、ということが問われているのではないか。 卑近な例であり、私的で恐縮だが、時として「あのようにあちこちでコメントしていると、危険な思いをすることもあるでしょう」と声をかけられることがある。相手からするとこちらの立場を慮っての言葉であり、ときには社交辞令に近いこともあろう。だが、その根っ子に、言論や表現活動に暴力的報復はついてまわるという思いがありはしないだろうか。 そうだとしたら、朝日新聞事件から20年、私たちの社会は一体、何をしてきたのだろうか。
by ywatari4
| 2007-08-25 12:44
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