機関紙 「ジャーナリスト」07年10月号1面、長井健司さん追悼の文章。寄稿は広河隆一さんです。
英雄視せず無念さ共有
長井健司さんの遺影を前に
広河隆一
住民の伝えて欲しいという意思と、ジャーナリストの伝えなければならないという意思が重なるとき、本来のジャーナリストの仕事が遂行される。特に私たちフリーランスは、大手メディアが取材を始めるまでが勝負のことが多い。それはNGOの救援団体と似ている。赤十字や国連機関が救援に来るまでの間持ちこたえなければならない。彼らが来れば私たちの仕事は一息つく。 しかしそれまでの間こそ、救援と報道がもっとも必要な時期なのだ。しかしいくら待っても、大手メディアや大手救援団体は現れないことも多い。
人々が危機にさらされているときに、なぜメディアは現れないのかと、犠牲者が見殺しにされていく最中でメディアを告発する人々の声をどれほど聞いたことだろう。特にこの数年間、大手メディアには、魂を売り渡したような「従軍取材」がまかりとおり、犠牲者の側の危険な場所からは見事に身を引き、そこに住む人々の叫び声を伝えてこなかった。「きれいな戦争」の幻想を撒き散らしたのも、大手メディアの責任だ。ジャーナリストとしての仕事を放棄してきたと言っていい。
そうした現場に長井健司さんは出かけていった。私はパレスチナの取材では、ひと目でジャーナリストと分かる服装をする。そのほうが安全に取材できるからだ。しかしビルマの長井さんは目立たない服装で近づいた。この国ではジャーナリストと分かる服装だと、即座に国外退去になるからだ。目的は軍政に対する人々の怒りと闘いを伝えることであった。
民衆が殺されていく現場では、殺害者は記録を恐れる。だから目撃者であり証人であり、証拠を握るジャーナリストは殺戮の対象になる。だからといってジャーナリストの死は民衆の死よりも重い意味を持つわけではない。死んだジャーナリストを英雄視すると、彼が伝えようとした問題や状況を無視することになりかねない。民衆と同じ目線で取材し、それを伝えようとしたジャーナリストだからこそ、彼の遺志を継ごうとするなら、彼の怒りと闘いと無念の気持ちを共有しなければならない。多くのビルマの人々が参列した彼の葬式で遺影を前にして、そう思った。
特定非営利法人 広河隆一非核・平和写真展開催を支援する会
デイズジャパン