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映画の鏡は、機関紙より長く、多くの作品を紹介しています。
ページの先頭に付加されていきますので、ある作品を選んでURLを貼ることはできませんが、08年4月21日現在、トップは、広河隆一氏の『パレスチナ1948 NAKBA(ナクバ)』、次が、ビルマの少数民族の窮状を取材した『ビルマ、パゴダの陰で』、三番目が若松孝二監督の『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』です。
冒頭部分だけ掲載します。
60年代若者の闘いを歴史的に総括
1960年代末から、“あさま山荘事件”のあった1972年まで、“全共闘運動”と呼ばれる学生と、いまでいうニートやフリーターに当る、下積みの若い労働者が団結し、革命のためのデモ行進や、大学への篭城による、大学の不正や当時の政治へのプロテストを日夜行ない、警察の機動隊が出動して、実力排除に乗り出す騒ぎが、東大、早大、日大など、有名大学の殆どを巻き込む形で、頻発した。火炎ビンが飛び交い、騒然とした状態であったのを、つぶさに覚えている人は、もう50歳以上になってしまった。当時、同時に進行していた、高度経済成長による一億総中産階級化と、テレビなど商業メディアの氾濫による一億総白痴化によって、日本は平和ボケ状態が進行し、彼ら若者の闘いは、民意を離れた幼稚なテロリズムだとして、見向きもされなくなり、闘いは、“あさま山荘事件”で、完全に瓦解した。しかし、“60年安保”のときから掲げられていた、彼らの中心的な「日米の帝国主義を排す」という命題は、そのまま現在まで残り、日本の外交も政治も経済も、アメリカの傘の下で、今なお行なわれ続けていることを思うと、幼稚なテロリズムであったとしても、この事件を歴史の片隅に追いやらず、きちんと総括しておくことが必要なのである。