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04年6月号から転載します。
同年6月12日の第2回「学校に自由の風を!」集会のルポと、学校に自由の風を!ネットワークの丸浜江里子さんのインタビューです。 (見出しはJCJホームページ掲載時のものです) 生徒不在の日の丸・君が代強要 学校に「自由の風」求めて大集会 都立高卒業生の母として発言・行動:丸浜 江里子さん 運動が広がっている。日の丸・君が代を入学・卒業式で強制し、起立や斉唱しなかった教員を大量処分した石原都政に反対する運動には、卒業生の保護者や教職員をはじめ多くの団体や個人が参加。4月29日、6月12日の「学校に自由の風を!」の集会に結実した。 「今の状況は『日の丸・君が代』戒厳令」、6月12日、中野ゼロホールで開かれた第2回「学校に自由の風を!」集会は呼びかけ人の一人、小森陽一さんの挨拶で始まった。 集会では天木直人さんの講演をはさんで、前半に4人、後半に4人がいろいろな立場から発言した。七生養護学校の保護者は、都議たちが産経新聞の記者を連れて視察に来て、性教育の教材を持ち去ったことを報告。その他、4大学統合が予定される都立大学の学生、国連の子どもの人権委員会で定時制高校の統廃合問題を訴えたOGなどが発言した。 都教委は教員が不起立だった場合だけでなく、不起立の生徒が多かった学校の教員も処分対象とした。その処分対象者の教員が発言。また卒業式について生徒同士で話し合い、多くの生徒が斉唱時に着席した高校の卒業生が、話し合いの様子や先生の処分について語った。(生徒は大勢の前では話せないと舞台袖からの発言だったが、学校が特定され先生に迷惑をかけない配慮かもしれない) 教員も卒業生も、生徒の不起立を教師のせいにする都教委は、生徒には判断力があるのにそれを認めない非教育的態度だと怒る。 後半は斎藤貴男さんの講演。斎藤さんは「日本はアメリカに追随しながら自らも海外派兵して権益を守る『衛星プチ帝国』になろうとしている。本来は星条旗を仰ぐべきだが、それでは悔しい。日の丸はプチ帝国の癒し」と、軽妙に米国追随と国粋主義の関係を解き明かした。 最後は29日の集会でも感銘を与えた定塚才恵子さんの歌。小学校を卒業する子どもに贈るその歌は、式という子どもの成長の節目に寄せる親の思いを温かく伝えている。 運動を進めてきた丸浜江里子さんにお話を聞いた。 丸浜 3年前に子どもが卒業した杉並の中学校では卒業式は卒業生の描いた絵を壇上に飾り、入学式はその絵で新入生を迎えることが伝統で、そういう学校は東京中にたくさんありました。 ところが都教委が10・23に通達を出したら、11月4日に杉並区教委がほぼ同じ通達を区内の小中学校に出しました。日野、小平、八王子をはじめ各地で同様の通達が出ました。地方分権、学校の独自性と言いながら全く上意下達です。 最初は「日の丸・君が代」がいやということでは必ずしもなくて、壇上に子ども達の作品を飾っていたのをやめて、一律に国旗と区旗にしろというのが納得いかなかったのです。母親同士で杉並区教委に「何とか認めて欲しい」と申し入れをしましたが、らちがあきませんでした。 ふと思うと、自分の子もこの春、高校卒業。昨年の卒業式の様子を、たまたま友人がメールで送ってくれていました。そこには「内心の自由があるので起立、着席は自由です」という教頭のアナウンスがあるとても良い卒業式だと書かれていました。ところが、今年はアナウンスはないそうだという話が聞こえてきました。なぜ、今年はダメなのか不思議でした。 今年の1月4日に、たまたま近所のお母さんたちと「お茶でも飲もう」と集まった時にその話になって…。「これ、おかしいよね。皆と相談してみよう」と声をかけたのです。 次に集まったのが1月7日で、14人集まりました。そこで話し合って、「都教委に要請に行きましょう」ということになり、文書を作ってメールとFAXで伝えて、賛同する人を募りました。 1月7日には4校の都立高校保護者が来ていて、「あの人にも声をかけたらもっと広がるわね」ということになり、4校が10校になり、1カ月ほどで50校になりました。素敵だったのは、都立青鳥養護学校の保護者と友人のお母さんがいて連絡して下さったことです。養護学校保護者も仲間に加わりました。 皆で都教委に申し入れに行こう。ついては記者会見というものも、やってみようということになりました。 その月の都議会記者クラブの幹事社は産経新聞で、都庁へ直接行って頼み、2月18日に記者会見をしました。その時の養護学校の父母の話が素晴らしかったですね。 フロア形式なら子どもが自分で車椅子を操作して証書を受け取れるのに、壇上に上がるとなるとスロープがあってもとても危険で介助者が必要です。節目の式に自力で受け取ることに意味があるのに、卒業式の意味が変わってしまうと訴えていました。その時にこんな話も聞きました。子どもたちは通学バスで通うけれど、住所が点々としているため学校に着くまでに1時間半かかる。学校には冷房設備もない。バスがもう1台増えれば時間が短縮されるが、いくら陳情しても予算がつかない。ところが今回、子どもたちを壇上に上げて証書を渡すために一つ80万円以上かかるスロープがポンとつく。それには簡単にお金を出す。おかしいですよね。都教委は親の声を聞く耳を持たないのかと言っていました。 聞き手 それで都議会へ? 丸浜 都議会へは2月25日に陳情書を提出に行きました。3月17日に文教委員会で審議するというので傍聴しました。共産党議員が「10・23通達に国旗は左で都旗は右とあるが、その根拠は?」と尋ねると、自民党議員が「そんなことは国際的常識だ」と野次ったので、本当にそうなのか、外国人記者クラブで聞いてみよう、私たちの訴えも聞いてもらおうと、3月31日に記者会見をしました。 自分たちで資料を翻訳し、通訳を手配しなければなりませんが、素晴らしい仲間が翻訳と通訳を買って出てくれました。市民のネットワークの力がそれだけついてきたということでしょう。 聞き手 29日の集会は? 丸浜 署名を送ってくれる方たちはどんな人だろうと思って「お会いしませんか」と4月4日に集まったのです。 いろいろな人がいて互いの話が面白くて。その時に集会をやろうという声が出ました。実行委員会形式にしたら、会議に40人ぐらい集まるんですね。40人もいると「こういう人がいるよ」と知恵が出て運動が広がりました。誤解をおそれずに言えば、今、女性たちは男性たち、とくに会社に勤めている男性たちにはない空間、時間を持っている。いろんな集会に行き、いろんな出会いを持っている。そんな市民たちの財産が生かされたのだと思います。 6・12集会では、市民が中心だったせいでしょうか、128の団体が賛同団体になってくれました。相手の足を引っ張るのではなく、人と出会う楽しさを大切にすれば、運動は広がるのではないかと信じています。
by ywatari4
| 2008-06-09 10:46
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