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機関紙『ジャーナリスト』08年8月号は8月2日に行われたJCJ賞授賞式の記事が中心です。
JCJ大賞を受賞した朝日新聞「新聞と戦争」取材班の上丸洋一さんのスピーチです。 「なぜ社論転換?」を検証 「国家の外に立つ判断基準を 1年間に243本を数えた今回の連載の焦点の一つは、1931年9月 に起きた満州事変での「社論」の転換でした。1920年代に軍縮と憲政擁護を主張した朝日が、満州事変でどのように社論を転換したのか、それはなぜだったのか。 それを考える上で、示唆に富む言葉がある。満 州事変勃発時の外相で、 戦後は憲法制定過程に関わった幣原喜重郎が、1928年にこう語ってい る。 「世界各国を通じて一般の民衆は、自国と外国との間に発生する紛議 については、なんとなく 相手国の主張が常に不正 不当なるが如き一種の先天的偏見を抱くの傾向を 免れない。冷静なる態度 を以って双方に公平なる 意見を公表するものは、 ややもすればその愛国心 を疑われ、悲憤慷慨の口調を以って相手国に対する反感を扇動する者は、かえって聴衆の喝采を受ける」 満州事変に際して、朝日新聞は民衆から「愛国 心を疑われ」たくなかっ た。当時は昭和恐慌のさな かにあり、「満州は日本の生命線」と声高に叫ばれていた。そうした排外 的なナショナリズムが満 鉄線爆破事件(実は関東軍の仕業)を機に、一挙に高まった。朝日は軍部の暴走を牽制してきた、それまでの主張を捨てた。 その転換にあたって、どんな理屈を立てたのか。 事変勃発から1か月ほどたって役員会が開かれ 次のことが決定された。 「国家重大事に処し日本国民として軍部を支持し国論の統一を図るは当然の事」「現在の軍部及び軍事行動に対しては,絶対、非難、批判を下さず、極力これを支持すべきこと」 戦争協力は「国民の義務」だというこの考えは、明治憲法下において、常識的な考えだった。 評論家の加藤周一さんは、著書の中で、極めて明快にこう述べている。 「多くの知識人は、日本型『ファシズム』の体制に批判的であったが、始めた戦争には勝たなければならない。したがって戦争努力には協力しなければならない、と考えた。 この考えには二つの弱点がある。その一つは、戦争の本質に関する理解の誤りである。帝国主義的膨張政策は過ちであり、侵略戦争は過ちである。過った行為は、その主体が国家であろうと個人であろうと、始めた以上貫徹すべきものではなく、一日も早く改めるべきものである」 今日の日本は、学校の卒業式における君が代・日の丸の強制が象徴するように、「国家に対する忠誠概念を超えて国家の善悪を判断する規準」を持たせないようにするために行われているのではないか、とさえ思えてしまう。 しかし、そういう時代だからこそ新聞は、あるいはジャーナリズムは、国家」の外に立って「国家の善悪を判断する「規準」を持たなければならない。 私はいくつかの意味で、新聞と戦争」はなお未完だと考えている。将来あるかもしれない「次の戦争」に際して、この連載の教訓が生かされるなら、その時初めて連載は完結する。 連載の最後にインタビ ューしたハーバード大教授で歴史学者のアンドルー・ゴードンさんは、イラク戦争とアメリカのジャーナリズムに触れて、こう語っていた。 「報道の自由が守られている現在の米国でさえ、メディアは十分な役割を果たせなかった。自国の戦争を批判的に報じることは、今も決して簡単な課題ではない」 肝に銘じたい言葉です。ジャーナリズムにゴールはありません。今回の受賞も私たちにとって、決してゴールではありません。 (島田三喜雄)
by ywatari4
| 2008-08-27 18:19
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