機関紙『ジャーナリスト』08年8月号からJCJ受賞者森達也さんのスピーチ。
権力者が隠すもの
視点変えると見えてくる
賞状をもらうのは中学生以来、しかも、『死刑』という非常に扱いにくいジャンルの本に対しての賞だ。映像出身だが、テレビ・ドキュメンタリーが絶滅状態の今、ドキュメンタリー作家という肩書きで書くことが中心だ。しかし、ノンフィクション分野も順風満帆ではない。このまま続けられるかなと日々心細い思いでいる。
きのう今日と長野にいて、松代大本営跡地を歩いた。全長10kmのトンネルのうち公開されているのは500m。天皇や軍や政府の中枢を疎開させるための巨大な地下壕だ。大本営と天皇・皇后御座所、宮内省が入る予定だった。現在の地震観測室庁舎には、天皇御座所となるはずだった和室が復元されているが非公開になっている。
昼夜二交替の過酷な工事を強いられた朝鮮人労働者は7,000人以上、犠牲者の数は明らかにされていない。工事を指揮する人々のための慰安所もあり、朝鮮人女性が働かされていた。こうした歴史的事実について行政は何もやっていない。市の観光窓口が対応しているだけだ。
こんな共同幻想のような大本営をなぜつくったのか。戦争、天皇制とは何なのか。権力は徹底的に隠そうとする。その究極ともいえるものが死刑ではないか。
世の中わからないことが、まだまだいっぱいある。思想信条とか、そういったレベルじゃなく、理念でもなくて、少し視点を変えると見えてくることがある。そのうえで、今までとちがうものが培われると思う。
光市母子殺害事件で死刑判決が出た。そのとき、群集から拍手が湧き起こったという。死刑について廃止か存置か、なかなか結論は出せない。でも、死刑と聞いて拍手した群集の一人にはなりたくない。それは違う、おかしいと訴えていきたい。
(吉田悦子)